ロシア戦役では、焦土作戦と冬将軍の到来によってロシア軍が勝利した。以後、ライプツィヒの戦い、ワーテルローの戦いでナポレオンは失脚しロシア軍はパリまで進軍した。ナポレオン戦争に従軍した貴族出身の青年将校たちは、滞在中、議会の討論会や自由主義的な雰囲気を持つ大学の講義を聴講したり、政治的意見を掲載する新聞を読むなどして、ヨーロッパ諸国の政治・社会制度に触れ、祖国ロシアのそれと比較して格段の進歩を遂げていることに衝撃を受けた。また、戦争に従軍している農民出身の多くの兵士に直接接し、彼らの境遇の劣悪さを肌で感じ、国家社会の改革を強く意識するようになった。自由主義的政治思想・人権思想・代議制・立憲制の影響を受けて帰国した彼らは、祖国の専制政治・官僚政治に一層幻滅を感じて改革の必要性を痛感した。
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1816年、サンクトペテルブルクでアレクサンドル・N・ムラヴィヨフ、イワン・D・ヤクーシキンら6人の青年将校によって最初の秘密結社「救済同盟」Soyuz spaseniya(のちに「祖国の真正・忠誠な息子たちの会」に改称)が結成された。1818年「福祉同盟」Soyuz blagodenstviyaが結成され、約200名が参加した。福祉同盟は、農奴解放、専制政治の廃止で一致していたが、将来のロシアの方向性をめぐり、立憲君主制を主張するものと共和制を主張するものとに意見が分かれていた。また、方法論として武装蜂起の採用や蜂起の方法を巡っても相違が見られた。
1821年福祉同盟は上記のような会員間の意見の相違と、当局のスパイを恐れ解散(当局の命令による解散説と、自主的な解散説あり)した。