この頃の中国共産党内部は、保守派の長老によって総書記の座に選ばれたものの、民主化を求める学生らの意見に同情的な態度を取った改革派の趙紫陽総書記や胡啓立書記などと、李鵬首相や姚依林副首相らの強硬派に分かれたが、5月17日にゴルバチョフが北京を離れるまでの間は、この様な事態に対して事を荒立てるような政治的な動きを見せなかった。
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5月17日夜、ゴルバチョフが公式日程を終えて帰国したことを受け、趙紫陽、李鵬、胡啓立、喬石、姚依林の5人による常務委員会が開かれ戒厳令を発令することについて話し合われ、趙紫陽と胡啓立が反対、李鵬と姚依林が賛成、喬石が棄権したため結論が出ず、改めて党長老で事実上の最高権力者である鄧小平を含めた会議が行われた[4]結果、5月19日に北京市内に戒厳令が敷かれることが決定された。
5月19日午前5時頃、当時党中央弁公庁主任を務めていた温家宝を連れてハンストを続ける学生を見舞う中で涙を見せ「党の分裂を示唆した」趙紫陽は、先の政治局常務員拡大会議で「動乱を支持し、党を分裂させた」として、事実上党内外の全役職を解任され自宅軟禁下に置かれ、これ以降政治の表舞台から姿を消すことになる。
5月19日午後10時、党中央、国務院が中央と北京市党政軍幹部大会を開き、戒厳令治視の報告を行った。党中央、国務院、全人代、中央軍事委員会、中央顧問委員会、中央紀律検査委員会、全国政協と北京市の副部長級の幹部及び、党中央弁公庁、国務院弁公庁の局長クラスが出席した。趙紫陽は「体調不良」により欠席することが大会を主催する喬石から伝えられ、趙紫陽に割り振られていた講和は楊尚昆が担当した。まず李錫銘北京市党委書記が北京市の状況を説明し、続いて李鵬が戒厳令の必要性を訴える講話を行った。